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GALAXY SⅡを入手。
箱はちょうど端末くらいで非常に小さい。つや消しの高級そうな箱でコロンの箱のよう。
グローバル版はつや消しらしいが、日本仕様はバックパネルに高級感のある模様が入っているという。ただ、どちらにしてもペナペナで何度か取り外しているとはまりが甘くなりそう。
ちなみにmicro SDカードはバックパネルを外さないと交換出来ない仕様。多くのスマートフォンは同様のつくり。
データの転送はUSBケーブル経由が主になりそう。
ところで、スマホの殆どは簡易留守電(伝言メモ)機能が装備されていない。
私は個人的にこの機能は良く使うので、docomoの留守番電話サービスに加入。
月額315円。余り電話を使わない人には余計な出費かもしれない。
サムスンmobile HP
後ほど加筆します。
自作機も組んでから大分経ち、家族もすっかり使いこなしている。
主にTV視聴と録画に使われておりWindows Media Centerで管理している。
基本的にこのPCとTVでしか録画番組を見ないため余り気にしていなかったが、Media Centarで録画した番組はwtv形式で保存されている。
著作権保護機能を強化したファイル形式のようでコピーガードがきついだろう事は想像がつく。
先にも書いたが基本的には録画したPCでしか観ない為困ることがないのだが、最近スマホで外で観たいという希望が家族から出てきた。
ダビング10などで簡単に出来るだろうと思っていたのだがそう簡単には進まない。
試しにWindows Media Player で再生を試みても再生不可。
同じMicrsoftなのに…。
撮り合えずネットで調べてみると
Windows Liveムービーメーカーを使ってWindows Media Centerで録画した画像をWMV形式に変換する。
http://report.station.ez-net.jp/software/microsoft/windows/live/movie-maker.asp
というサイトを発見。
ムービーメーカーはインストールしていたので、早速試してみるがエラー。ファイルを読み込む時点でサポートされていない形式です、と出る。
wtvファイルの右クリックでDVR-MSに変換という項目もあったのでこれも試してみたが不可。
Windows DVDメーカー でもwtvファイル対応とあるため
http://www.gigafree.net/media/dvdconv/windowsdvdmaker.html
これも試してみたが途中でエラーが出る。
これらで変換できている人も多いようだが、ドライバなど何か別の理由で使えないのだろうと思う。
原因追求も面倒になって放置してますが、気が向いたら原因究明に取り組んでみたいと思います。
http://www.facebook.com/note.php?saved&¬e_id=206042856086817&id=193577640666672
◆3/13
電気も復旧したし、数日したら普通の生活に戻れると思っていたが、どうも勝手が違うな、と思い始めたのが3日目。
ホーマックに行っても閉まっている。スーパーも、ガソリンスタンドも。
ニュースによると津波で石油精製所、港湾などが被害を受け、殆ど東北に石油製品が入荷していない状況だという。
ガソリンは地震の直前に満タンにしていたし、地震直後は1週間くらいで供給が回復すると読み自宅待機で温存作戦を取る。
3日目でもスタンドは休業の所が多かったが、いくつかは開いている。だが、そういう店は長蛇の列。道路に数百メートル路上駐車をしている。
県の指定で緊急用車両のみ給油をしているスタンドもある。
勿論、緊急車両に優先的にガソリンが廻るのは当然だ。沿岸を思えば我慢は吝かではない。
ニュースを聞くと車が動かせない為自転車が売れているという。
多くの人は復旧した電車と徒歩で通勤を始める。その流れで自転車の需要が増えている訳だ。
一方、ガソリンスタンドでは、タンクが空になってきたのだろう、余裕がなくなってきている。
片側1車線の道路に車が並び、通行に支障が出る。
夜に無人の車を置き去りにする。
福島県や奥州市では車の中で亡くなる方も出る。
人身事故も出る。
ガソリンをポリタンクに入れる。危険ですよね。そのせいか車両火災で高速道路の通行止めも発生。
そのため、警察の指導も入り、整理券を配り規制をするようになる。
◆大規模輸送作戦
一方、問題が大きくなると国も動き出す。
貨車を仕立て、日本海~青森~盛岡経由でガソリン、軽油を輸送。
そうこうしているうちに、塩釜製油所も復旧し始める。
【参考】河野太郎氏のツイッター
塩釜油槽所の能力は、一日あたりの出荷能力5000kl。平時の東北全体の燃料油販売量は一日あたり38000kl、宮城県で一日あたり10000kl。現在塩釜からの出荷と青森、新潟、秋田の油槽所からのローリー輸送と鉄道による出荷で差を埋めていきます。3/19
横浜市根岸から鉄道で、線路が被害を受けていないところを選んで、新潟、秋田、青森を経由してそこから南下して盛岡に26時間かけてガソリンを運んでいるそうです。がんばれ!3/20
このツイート、とても頼もしかった記憶がある。ただ、冷静になって考えてみると国が本腰を入れ、大規模な流通が始まったのは震災から1週間以上過ぎてからという事になる(3月19頃から)。
それ以前、16日頃から通行止めの高速をタンクローリーが通れるようになっている。
ただ、内陸部ではすぐには供給は回復しなかった。
沿岸の被災地に優先的に供給。
それに一度空になった皆のタンクを一度満たさなければ平常化しない。
供給が回復すると期待した分落胆も大きい。タンクも空になってくる、といった具合で、行列もますます長くなる。我慢出来なくなったか、回復すると踏んで使ってしまったか。
逆に便乗値上げも蔓延している。価格が上乗せされ153円平均のところが172円。200円で怒っていたら、藪川300円400円の噂も。
隣接の店が高単価だと一方が入れられる状況になる。それで入れれた面も確かにある(回復後は一度も行っていないが)。
一時は沿岸に手伝いに行きたくてもいけない。はがゆいと思ったもの。
実際、岩手内陸部で並ばなくても良くなったのは4月に入ってから。
ある日、急に並ばなくても良くなる。
「満タンOK」の看板だけが寂しく残る。
ただ、宮城などではもう少し回復まで時間が掛かったようである。
◆供給不足再び?
ところで、やっと供給が正常化したと思っていた4月7日。夜に大きな余震があり翌日昼頃まで盛岡近郊は停電していた。
午前中はスタンドも閉めていたところが多かった訳だが、この状況に不安を感じたか、夕方までスタンド渋滞が再び発生している。
このときは油関連施設が被災しておらず、単なるパニックだった訳だが…。
冷静になって欲しいと思ったものです。
Facebookノートに4/6UPした内容です。
http://www.facebook.com/iwateken#!/note.php?note_id=205599119464524
◆沿岸へ
会社では、震災後パネルトラックを調達し、最初の1週間で出来るだけ物資を沿岸に届ける活動をしていた。
3/17。いよいよ、私も沿岸に向かう番だ。私も沿岸に住んでいたことがあるため早く行きたかった。
物資を届ける、と意気込んで出発したが、現地で言葉も出なくなってしまうのだが・・・。
この日は沿岸部への通行止めも解除されていたため、途中止められることも無く釜石へ。
初日には崩落したと伝えられた新仙人道路も問題なく通行できた(ただ、地盤の沈下があり、至るところ道路がでこぼこになっている)。
平地の少ない釜石市の住宅街は甲子町などかなり山手まで延びている。そこから野田、小佐野などは電気もこの日復旧し、ソフトバンクの携帯も通じていた(この日docomoも開通)。ぱっと見は特に被害も無いようだ。
だが、釜石駅付近から、道路脇に泥がたまり始め、変な向きに車が止まっている。
商店街方向は通行止めなので、釜石駅から平田方面へ向かう。両脇は既にガレキの山だ。
国道45号との分岐店には若干の住宅とパチンコ屋があったのだが、住宅は無くなり、パチンコ屋はガレキに埋まっている。近くのビルも1Fは骨組みだけだ。重機が車を撤去している。
正直、そこまでは多少のドライブ気分もあったのだが、そんな気持ちは吹き飛び車内は無言。
目的地は大槌なので北上する。
トンネルへ向かう橋もかなり上まで浸水の跡がある。その頂上付近から市街地を望むとやはりガレキだらけ。良く行った中華料理屋も残っていないだろう。ただ、中心部はすぐ山なので殆どの人は逃げたのだろうと想像した。
このあたりは勿論停電で携帯も繋がらない。
◆両石・鵜住居
トンネルの中も真っ暗だが、良く見ると人が歩いている。普段人が通るような道路ではないのだが・・・。最近三陸道の一部として自動車専用道路が開通したのだがその中も人が歩いている。一般道は通行止めだからだ。
両石道路の入り口付近はテレトラック(場外馬券場)があるが、壊滅的状態だ。
何より両石道路より山側まで津波が来ている。釜石市街地と較べ被害が大きいのは一目瞭然だ。
ツイッターで両石の状況を心配していた人がいたな、とふと思い出す。家族は大丈夫だったのだろうか?
そして三陸道を下りる鵜住居、片岸町。
何も無い。一面のガレキだ。川の上流にトラックと船が並んでいる。下っていくと公営住宅があるが3Fまで波が来た跡がある。
海よりにゴルフの練習場があるが、何故かそれだけ残り、近くの堤防も破壊されている。
◆大槌
片岸町から山(トンネル)を超えると大槌町だ。
現在、大槌にはバイパスが通り、ショッピングセンターマストがあるこの場所は感覚的には海からはかなり離れている認識だ。
そこまで津波が来ている。それどころかバイパスより山寄りも浸水している。
目的地は城山の中央公民館なので、役場方向に行こうとするが道路が途中で無くなる。
一度車から降りてみる。
妙なにおい。生臭いというか、海のにおいというか。
色々混ざっているのだろうが不快なにおいだ。雪が降るほど寒いのが幸いかも知れない。初期には魚も大分打ち上げられていたというし。
大槌は火災もあったため、ただのガレキではなく焼け焦げている。消防団の集団が近くに居たが、良く見ると不明者が発見されたようだ。
この景色は例えようがないが、きっと戦場ほこうなんだろうな、とふと思った。
邪魔にもなるし、早く立ち去りたいので、違う道から市役所方面を目指す。だが、そこも町内に入れない。安渡方向にも車では行けないようだ。
他にも尋ねてきた人が来るが奥に入れない。その人が自衛官と話をしていたので中央公民館を聞いてみると裏からしか行けないという。親切にも途中まで案内してくれるという(仕事の邪魔してごめんなさい)。
結局、市役所側からは行けず、大ヶ口方向から大きく迂回しなければならなかった。しかも山道で車がすれ違う事が出来ないような道。そこへ2tのパネルトラックで行ったものだからたどり着くのに一苦労。しかも公民館近くの道路脇は焼け焦げていて火の手が近くまで迫った事が想像出来る。
それでも、何とか公民館に辿り着く。
そこは災害本部、避難所、物資集積所となっていたが、物資の運び込みに向かないところ(後に安渡小学校に物資集積所は移動したが)。ここで物を降ろす。
ただ、この段階で水、毛布などはかなり在庫が集まっており、当面間に合いそうな感じ。ただ、電池、トイレットペーパー、懐中電灯、オムツ、ウェットティッシュなどは喜んで貰えた。
無事に荷降ろしが出来た訳だが、ここから見る大槌町内は悲惨な状況だ。港まで何も無い。
ここでも良く行った中華料理屋があったのだが跡形も無い。まだ、煙がくすぶっている状態だ。
◆帰りに
後は無言で帰宅の途についたのだが、途中の大ヶ口団地に給水車が来ていた。それを見て、物資集積所に集まった物はここにも分配されるのだろうか、と疑問に思ったものだ。1週間も停電で買出しにも行けないのでは避難所よりも大変だ。後に問題提起され、改善したようだが。